ギャグ・アニメ・身体(仮)

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アニメ描写比較考 ~日本とアメリカのアニメにおける舌の動き~

こんなブログ記事を見つけた。

 

ppgcom.gooside.com

 

この記事では、アメリカのアニメにおいてキャラクターの唇の動きがいかに重視されているかについて指摘している。その一例として、パワーパフガールズの口の動き12種類を実際に抽出して並べているが、これがすごく面白い。口の開き具合の大小のみならず、下唇を噛む絵(〈F〉か〈V〉の発音)そして舌を上の前歯にくっつける絵(〈L〉の発音〉がある。

 

パワーパフガールズほどデフォルメされたアニメですら、いやそれゆえになのか、口の動きは非常に詳細にそして正確に描写されているのだ。

例えば↑の1:15あたりのバターカップの台詞、〈prepare for an adorable beatdown〉の〈for〉でやはり下唇を噛む絵があり、〈adorable〉で舌が上顎にくっつく絵が使われている。

 

パワパフだけではない。例えば、これもかなりデフォルマチックな絵柄だが、『おかしなガムボール』(The Amazing World of Gumball)。以下は第108話"The Safety”の冒頭である。

最初のシーンでガムボールたちのママが喋っているが、ここでも0.25倍くらいで再生すると、例えば〈fish〉の〈f〉で下唇を噛む絵、〈milk〉の〈l〉で舌が上顎にくっついた絵があてられている。

 

次に、『スポンジ・ボブ』(SpongeBob SquarePants)。この作品ではキャラクターの口が大きく描かれているので特にわかりやすい。

最初に歌うシーンがあるが、〈Getting clean〉の〈t〉と〈l〉、〈la la la ……〉で舌が上顎にくっついているのがよくわかる。そして髪を剃った後の〈Perfect!〉の〈f〉で、スポンジボブの二本の前歯が下唇にしっかり刺さっている。

 

こうした口の描き方が戦前のフルアニメーションから既に現れていたことを示す証拠として、ワーナーブラザーズの『ルーニー・テューンズ』作品の1939年のエピソード、"Daffy Duck and the Dinosaur"を紹介する。

かなり昔の作品でありながら、ダフィーダックも原人ももはや過剰といえるほどに舌がべろんべろん動いている。

 

そして忘れてはならないのがこの作品。

後のアニメーションに多大な影響を与えたディズニーの"Snow White"(1937)である。1:10頃、緑の帽子をかぶった小人が〈She is beautiful. Just like a angel.〉と言うが、〈beautiful〉の〈f〉と〈like〉の〈l〉において舌の動きがしっかり描かれている。白雪姫は口が小さく見づらいが、〈little men!〉という台詞の〈l〉のときに舌が上顎についている。

 

ちなみにトーキーアニメの最初の作品と呼ばれている(実際にはその前にもあったらしい)ミッキーマウスが主人公の『蒸気船ウィリー』(1928)では、ミッキーたちは言語を使わないが、オウムらしき鳥が笑うとき、舌がべろべろ動いている。ただ、果たしてこの笑い声を発音する際に舌を巻くことがあるかは疑問。

 

そして『ルーニー・テューンズ』の戦後に作られたエピソード、"Duck Amuck"(1953)でもやはり口の動きは忠実に描かれている。

※ちなみにこの作品では、ダフィーダックが第4の壁を越えてアニメーターに不満を言うという斬新な表現が行われている

 

1960年代には、ハンナ・バーベラ・プロダクションからリミテッドアニメーションが登場する。

その一例が、1960年の"The Flintstones"。現在の連続アニメにだいぶ近づいている印象があるが、それでもやはり舌の動きにはこだわっているのがわかる。

 

そして最後に、時代下って2003年~2006年に放送されたアメリカの連続テレビアニメシリーズ『ティーン・タイタンズ』("Teen Titans")を見てみる。これはキャラクターの造形や演出面において日本のアニメーションに大きく影響を受けたとされる作品だが、

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開始0:50頃のビースト・ボーイ(緑色の肌の少年)と、スターファイアー(赤い髪の少女)が喋るシーンでの口の動きに注目すると、やはりここでも〈f〉で下唇を噛み、〈l〉で舌が上顎にくっついている。絵がジャパニーズスタイルであるだけに、この描写は興味深いものがある。

 

以上の例からわかるのは、アメリカのアニメでは口の動きが発音に対し忠実であり(特に〈f〉と〈l〉において顕著)、その結果として舌が口から独立して動くという特徴が伝統的に存在しているということだ。

 

 

一方、日本のアニメでは口の動きは、というか口自体がシンプルに描写される傾向がある。なお、日本語の発音では〈f〉のような口の動きがそもそもないため、以下では主に「ら行」そして「た行」における舌の動きに注目してみることになる。

 

最初に挙げるのは『君の名は。』の予告編動画である。開始1分頃に「入れ替わってる!?」のシーンがあるが、このセリフには「れ」「て」「る」という、舌を上顎につけて発音する音が3つ出てくるので、そこに注目して見てみる。

すると、舌はずっと下にくっついたままである。これを現実にやって見ると「いえかわっえう!?」となる。それだけでなく全体的に口の動きがあまり一致していないようにも見える。

 

比較的しっかり口の動きを描いているアニメーションに、『涼宮ハルヒの憂鬱』12話の「God knows...」のアニメーションが思いついたので確認すると、確かに開閉という点ではよく動いているが、やはり「た行」や「ら行」でも舌が下にくっついたままになっている。

しかし、肝心なのは舌が本来の発音に対して忠実かどうかよりも、舌の描き方そのものだろう。

 

日本のアニメでよく見るのが、舌が逆さのお椀型になっていて、舌とそれ以外が二色で塗り分けられているという描き方だ。そして口の中はその絵で固定され、口の開閉具合のみで喋りを表現する。ドラえもんの口、と言えばわかるだろうか(ただ逆お椀型でなく、クレヨンしんちゃんのケツ型になっているときもある。なおクレヨンしんちゃんは一色ベタ塗りで舌がない)。ポケモンプリキュアなどの場合はさらに舌の影も入って三色で描き分けられている。

 

つまり、日本のアニメの多くでは、口と舌が互いに独立していない傾向にあるのだ。

 

ここで、古い作品を見てみる。1934年のトーキーアニメ、『ポン助の春』。

animation.filmarchives.jp

1:30頃に、ポン助の想像の中で、父タヌキが「ははは」と笑っているが、そのとき舌がぐにょんと動いている。先程見た『蒸気船ウィリー』のオウム?が笑っているのと似た動きだ。その絵柄やモーションからは、まだアメリカのアニメの影響が強いように感じられる。

 

次は1940年代、戦時下に公開された映画である。

『桃太郎 海の神兵』(1945)。猿の兄弟が会話をする5:20頃に注目。アメリカの作品ほど顕著でないものの、口から舌が独立して動いていることがわかる。

 

次に1963年のアニメ、手塚治虫による『鉄腕アトム』を見てみる。開始3分頃の天満博士の独白シーンに注目。

鉄腕アトム』を始めとする手塚アニメは、日本におけるリミテッドアニメーションの生みの親的な位置づけにあるが、日本初のテレビアニメシリーズである本作品からはその方法がよく見て取れる。

重要なのが、舌が口から独立しておらず、口の開閉具合で喋りを表す描き方である。このあたりから、現代まで続く口と舌の描き方が確立していったのではないだろうか。つまり、手塚アニメが日本アニメとアメリカアニメの口の描写方法を異なったものにしたその分岐点となったのではないか、という仮説である。

 

事例検証は以上にしておこうと思う。

私がこれらの例を挙げたことによって指摘したいのは、アメリカのアニメと日本のアニメの口の動きの描写には差異があるということである。具体的には、アメリカのアニメでは舌が口から独立して動き、日本のアニメでは舌が口から独立していないということ。

そして日本のアニメがそうした描き方をする理由の一つとして、手塚治虫のリミテッドアニメーションの影響が挙げられる。また、最初に挙げたブログでは制作プロセスの違いと、そもそも英語と日本語の発音上の違いを挙げており、それらも理由として有力だと思う(特に英語では、RとLは区別しないとならないため描き分けが必要だというのは言うまでもない)。

 

さらに私としては、アメリカのアニメーションで口の動きが詳細に描かれる理由として、アメリカというかキリスト教的世界観由来の言語運用能力の重要性を挙げてみたいと思う。

『創世記』は言葉即存在という世界観である(「神は言われた。光あれと。こうして、光があった。」)。神の理性としての言葉は、神にかたどって創造された、神の意志を遂行する使者としての人間もまた、具体的な言語(日本語、英語、ヘブライ語……)という形で用いているが、こうした世界観の中では言葉がいかに重要であるかがよくわかる。

 

とはいえ私は神学に明るくないし(上のはおおよそアウグスティヌスの説からのみ考えている)、これとアニメーションの口の動きとの関係は立証できないので今のところ机上の空論でしかない。しかし、キャラクターが言語的存在であることの意味については色々考えるべき点があると思っている。

 

アメリカ以外にも、ヨーロッパのアニメ、そして日本以外のアジアのアニメではどのように描かれているかについては今後の課題とした。

 

ちなみに、ドイツのアニメ "Benjamin Blümchen"でも、やはり〈l〉では舌を上顎にくっつけている(7:00頃の男の子の〈bleiben〉。

 

 

 

 

 

・2021.7.6 大幅な加筆と修正(アメリカのアニメから"Snow White", "Duck Amuck" , "The Flintstones"を、日本のアニメから『桃太郎 海の神兵』を追加し、『鉄腕アトム』はオリジナルのほうに変更。全体の議論を、発音に対する舌の描写の忠実さよりも、口に対する舌の独立という方向へ変更。)

・2021.10.3 加筆(アメリカのアニメから『ティーン・タイタンズ(Teen Titans)』を追加。)